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ライター・藤丸心太(ふじまるじんた)のブログ。本の感想とかゲイネタとか創作系など。お仕事依頼などはメールで。リンク・TB自由。コメントは承認制。fujimarujintaあっとgmail.com (あっとを@に変更)


by bogdog

ノアの箱舟の中では誰も死ななかったのか

 レーベル買いしてる文庫というのがありまして、ちょっと前までは白水Uブックスだったんだけど、今は光文社の古典新訳文庫を毎月買っています。レーベル買い、といっても全部買ってるわけじゃないけど、月に数冊まとめて買ってます。

 高校生のころ読んだ、もしくは読もうと思って挫折した(カフカとか)古典名作が読みやすい翻訳で読めるのもうれしいけれど、全然知らなかった名作に出会えるのもレーベル買いならでは。「神を見た犬」は間違いなく今年読んだ本のベスト5に入る名作でした。

 今回読んだのは、「箱舟の航海日記」ウォーカー
 ノアの箱舟を下地にした物語。
ノアの箱舟の中では誰も死ななかったのか_c0139007_23455491.jpg

 
 でも、この物語で主人公となるのは、動物たち。まだ肉食を知らず、トラもライオンもカバもキリンもシマウマも、みんな平和で暮らしていた楽園のような世界。そこでやまない雨が振ってきて、山の上で奇妙な家(箱舟)を作っているノアのところに動物たちが列をなして乗り込んで行く。

 お調子者のサルや、気が優しいゾウ、しゃべれないキリン、陽気なカバ、それに、ナナジュウナナといった架空の動物たち。



 【以下ネタバレあり】




 慣れない航海生活の中、問題が起きながらもそれなりに乗り越えて生きて行く動物と人間たちだが、一匹紛れ込んだ「スカブ」という陰気な動物の存在によって、動物たちの心の中に悪意が広がって行く。スカブは、動物たちの中で唯一「肉食」を覚えた動物だった。スカブは、お互いに不信感を持たせるような発言をして、トラやライオンといったやがて肉食となる動物たちと通じて行く。そうして、やがて食べられる側の動物たちもまた、その悪意を察知して、身構えて怯えていくようになる……

 舟の中では、しかし動物たちは殺し合わない。

 だが、一番の恐怖は、大地が見つかってそこで動物たちが解き放たれるシーン。

 乗り込んだ時のような楽しげな声は消え、メイヨウは薮を這うトラを見て一目散にかけて行く。そこには、不可逆な変容を遂げてしまった動物たちの姿がある。


 限定された舟の上で極限状態に置かれるっていうのは、吉田 知子の「極楽船の人びと」のようでもあるし、無垢な生き物たちが悪意に目覚めてしまうっていうのは「蠅の王」みたい。

 無垢な人たちが、のっぴきならない状況に追い込まれて殺し合う話とかがスゴく好きなんだけど、このお話はそれとは性質が違う、遅効性の毒みたいな物語だ。「茶色の朝」のような。モヤモヤしたこの誤読感。物語の出来がすごくいいだけに、ずっと心に残りそうだ。
by bogdog | 2007-12-13 23:47 | 本の感想