ライター・藤丸心太(ふじまるじんた)のブログ。本の感想とかゲイネタとか創作系など。お仕事依頼などはメールで。リンク・TB自由。コメントは承認制。fujimarujintaあっとgmail.com (あっとを@に変更)


by bogdog

カテゴリ:映画( 11 )

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東京国際レズビアン&ゲイ映画祭のオープニング作品「シェークスピアと僕の夢」を見に、バルト9までいってきた。実は映画祭初参加っす。


映画が始まる前に、人気gogoボーイ2人とドラッグ1人、そして監督とプロデューサーで挨拶。普段、gogoボーイが出てくるようなクラブ(AgeHaとか)に行かないから久しく忘れていたけれど、このgogoボーイの筋肉の作り物っぽい感じ、なんだかいいねー。gogoボーイは無駄に筋肉を露出させとけばいい。gogoボーイはライトセイバーを持って戦士風だったんだけど、映画のテーマにあわせて妖精風だったらもっと統一感があったんじゃなかったかしらん。


で、映画なんだけど、シェークスピアの「真夏の夜の夢」を下敷きにした作品で、田舎の高校生でゲイってことで虐められていた主人公のティモシーが、古典の授業で「真夏の夜の夢」を演じることになって、それで偶然、媚薬を見つけてしまい、意中の男の子を媚薬で虜にして、さらに町中にばらまいてゲイフレンドリーにする……という話。

ミュージカルなので、突然踊ったりするんだけど、なんかそこらへんもいい具合に笑えて切なくてよかった。

媚薬を使うと、みんなシェークスピア風に恋愛モードになるとか、なかなかおもしろい。俺のほうが好きだ!よし、決闘だ!なんて、一度はあこがれる、喧嘩をやめて・2人を止めて状態になったりするのも楽しい。

妖精ピクシーよろしく、人の恋愛感情を操って、引っ掻き回すティモシーだけど、ラストは「真夏の夜の夢」の舞台で、みんな元通りになることを望むのね。

それで、最後に楽屋でメイクを落としていたら、いきなり相手役の人が出て来て、後ろからキス。君まさかまだ媚薬の効果が…。真実の愛に目覚めたんだよ!

甘い!
この甘いラストも、ボーイズラブっぽくて腐女子的にはあがる!

あと、古典の先生がテニスの王子様の監督ばりのおばあさんでよいです。そこらへんもポイントアップ。


個人的にいいなと思ったのは、ティモシーの相手役のラガーマンが鬼かわいい。ティモシーが背が高い(190以上くらい?)で、この相手役の人が170代くらい?で、身長差があって萌えた。あと、ロビン・ウィリアムズの娘が主人公の友達役で出てるんだけど、ギターを弾くパンクな女の子役で、歌も演技もうまくてかわいかった。映画公開後の監督&プロデューサーインタビューで、映画自体は低予算(1万ドルとか言ってた。翻訳ミスか聞き間違いでなければ100万円ってこと?)で、主演の2人はゲイなんだけど、それ以外はやっぱり男同士のキスシーンには抵抗があるそうなのね。で、そこであのロビン・ウィリアムズの娘が、「私たちは、映画としての話がいいから役者も参加してるんでしょ、そういうのもちゃんとやらなくちゃダメよ!」というようなことを言ったので、主演2人以外のキスシーンも実現したと。(正直いって、主演以外はそんなにかわいくないんだけど)やるじゃん、ロビン・ウィリアムズの娘!

ストーリーもよかったし、少なくとも日本ではそこそこの収入を望めると思うんだけど……(腐女子などに)これって一般配給されないのかな?
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by bogdog | 2008-07-12 12:22 | 映画
「『相手を変えて次に進む』っていうけど、それは本当に『次に進んで』いるんじゃなくて、首がすげ変わっただけじゃないですか。ちゃんとした絆をもつことをめんどくさがってる。みんなが。」


 TOKYO-FMの『バイブル』で、リリーさんが出てきたときに、言ったコメント。短い出演ながら、非常に心のこもったいいトークでした。


うつの姉を支える人のという手記をリリーさんが朗読。「でも家族」というタイトルの手記には、一度だけ姉を殺そうとした事がある、という事実を、発作を起こした姉の叙情的に淡々とあげていく手記。

「……だけど家族だし、これからもかかわり続けるんだろう。姉も僕もおたがいいやだろうと……」

と結ばれた文をリリーさんの声で聞く。その手紙を書いた人の混乱も愛憎もダイレクトに伝わってくる感じがして、ものすごく苦しかった。



「……甘えられる人だからそうなるんでしょうね
 『あなたがいるから私はこうなるんだ』って本人が誤解していることと、
 甘えてるんだってこと、両方わかってるから……なかなかね 」

ーーー錯乱状態の人って別人格みたいなもんですからね。でも、それもその人の一面だから支えなくちゃいけない……とてもつらいことだと思うんですけど。(ラジオパーソナリティ)

 「でも、錯乱して罵倒することも、自分が精神的に甘えられる相手がいることも幸せだと思う。」

「なにがあっても一緒にいるってことを前提に生きてるけど、あたりまえのことだと思うんですよ。困ってたりだとか。ずっと付き合い続けて行くっていうことが。でもこの夫婦が主役になってしまうってことはすごい皮肉で。だから現代の恋愛はそうじゃないってことです。いやなことがあったり障害があったらもう次、みたいな。

 『相手を変えて次に進む』っていうけど、それは本当に『次に進んで』いるんじゃなくて、首がすげ変わっただけじゃないですか。ちゃんとした絆をもつことをめんどくさがってる。みんなが。」

 「支えてる人、この手紙にあるように、人間だからひどいこと言われたら、感情がこぼれて殴ったりひどいことしそうになることがある。でもこういうふうに、その人がそういうふうになったように、人間同士一生懸命付き合ってる、姉にひどいことをしたってこの人は後悔してるかもしれないけれど、姉も調子が悪いときとか『あんたと話すからこうなるのよ』っていうだろうけど、この人だから話せてる、ってことにいつか気付くと思う。」



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で、6月6日(金)に、TOKYO FM×Living Togeherの第二段は、「ハッシュ!」の橋口監督の「ぐるりのこと。」とコラボ。リリーフランキーさんの朗読や、テーマ曲を歌っているakeboshiのライブもあるそうです。
http://www.tfm.co.jp/diary/bible/index.html
今日の24時までだから、応募するんだ!

前回のイベントは、取材で行ったんですが、出演者のDJのリアルな感情と、LTの手記を朗読する、二つの感情が共鳴して、とても感慨深いものでした。(TOKYO FMの平日20時からのデイリープラネット、いつも聞いてます!)

前回の朗読とトークは、こちらから聞けます。大貫妙子さん、中嶋朋子さん、ケツメイシ RYOさん
http://www.tfm.co.jp/podcasts/premium/

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by bogdog | 2008-06-01 19:02 | 映画
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DIARY バイブル presents『ぐるりのこと。』特別試写会
TOKYO FM×Living Together計画×映画『ぐるりのこと。』 
HIV陽性者やその周囲の人たちの思いが詰まった手紙をきっかけに、HIV/AIDSを考えてみるというコラボレーションイベントを開催! 
2008年06月03日 (火)
■開場18:00
■開演18:30
■会場TOKYO FMホール
■上映作品ぐるりのこと。
■配給ビターズ・エンド
■主催TOKYO FM
■募集人員150組300名様ご招待
■応募〆切2008年05月27日 (火) 12:00


リリー・フランキーさんや、橋口亮輔監督もトークするそうです。
サイトから応募できるので是非!

前回のイベントに参加して、かなり揺さぶられました。映画もおもしろそうだし、これはみんなに行ってほしいです。
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by bogdog | 2008-05-20 16:24 | 映画

パワーズ・オブ・テン

N君が見たいと言ったので、「Powers of 10」のDVDと本を購入。

題字の「パワース・オブ・テン」は、「10のちから」ではなくて、「10のべき(10の*乗)」という意味。公園で寝そべる人物から始まり、その映像からさらにマクロへ順に10乗していき、銀河系を突き抜けた後は、ミクロへ10乗していき、現代科学で認識できる最も小さい単位、クォーツの世界まで降りて行く。

世界の神秘さに胸を打たれる。この自分を構成する細胞のさらに一つのその奥の原子も、地球を飛び越えてさらに銀河系も突き抜けた宇宙。どちらも同じなのではないか、と思わず感じてしまう。



宇宙をその最も大きく拡張した姿や、もはやこれ以上分割しえないほど小さい姿において観察してみると、全体の根底に一つの理念があり、それにもとづいて神は自然の中で、自然は神の中で、永劫の過去から、永劫の未来へと創造し、活動しているものだという考えをわれわれは斥けることはできない。直感し、観察し、熟考することによって、われわれは宇宙の秘密に近づくことができる(ゲーテ)
 
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by bogdog | 2008-04-12 00:39 | 映画
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もしヘンリー・ダーガーが、現代日本に生まれてたら、ラノベを書いてたに違いない……

というのを、どっかで読んだんだけど、どこだったかな。ラノベの書き方本だったような気がするけど。

だれかに読まれることでもなく、もちろん出版されることを目的としたわけでもなく、ただ自分のためだけに「非現実の国」の物語を書き続けた人。

生きるために、そしておそらくは限りなく自己の物語を投影した、ヴィヴィアン・ガールズの戦いの物語を、300枚の挿絵と15,000ページ以上のテキストで書き残した人。

その物語を、この映画で追体験する。80分そこらでは語りきれないだろうその物語のおそらくはほんの一部。

新聞から切り抜いた惨殺された少女の写真が見つからないので、それを探すために神に祈るが、なかなか写真が見つからない。そのとき、ヘンリー・ダーガーが書く物語の中では、正義のキリスト軍が大敗していた。そういうやり方で、神に復讐するヘンリー・ダーガー。ついには執筆を3ヶ月間やめることまで誓いをたてるが、それでも写真は見つからない。「非現実の国」では、自分の想い通りにできるが、現実はなにひとつ動かせない無力な存在……ということに気付かされたという流れは、なんだがぐっときた。

それでも、ヘンリーが夢見た「非現実の国」は、ヘンリーにとっては、現実以上に大切なものだったし、ヘンリーはそれに命をかけていた。ヘンリーと、いまここでキーボードの前に座っている自分と、どれだけの差があるっていうんだ。ラストのヘンリーの死とそれ以後のシーンは静かな無情と希望に満ちたものだった。

公式サイト 『非現実の国で ヘンリー・ダーガーの謎』
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by bogdog | 2008-04-03 00:33 | 映画
 「ショートバス」を観ました。NYのジオラマみたいな風景がとてもかわいかった。

 セックスも愛もひとことで語れないテーマではあるけれど、素直に面白かったです。N君は複雑な顔してたけど。(多分、ゲイのセックス観とか、俺とN君との経験や間柄を投影したんだと思う)
 
 まあゲイやってたら、たいていのセックスは想定の範囲内なので、セックス描写はいまさら驚くにあたらないけれど。いいのか。まあいいや。


 過激なセックス描写よりも、「まなざし」が気になった。

 自分のオナニーをビデオに撮るのを、向かいの人が覗いている。
 ショートバスの中には、あらゆるタイプの性的な魅力を持った人たちがいて、それに目を奪われる。また、その中にも自分の恋人がいて、恋人の姿を探す。


 視線の先には、自分の興味の対象がいる。


 でもまなざしは「欲望」だけのものではなく、その人と繋がることができる。

 それは、ポラロイド写真やビデオでは得る事ができない。なぜならそれらはすでに切り取られて一方通行なもの。現実の抜け殻で、まなざしを拒否する自分自身を投影しているに過ぎない。女王様が「私を見るな!」と叫ぶと、NYの電気が消えてしまう……

 一度は離れてしまった恋人たちが、ビルの向こうに恋人を見つける。距離を超えて、お互いのまなざしで恋人ともう一度「繋がる」そうすることで光がまたともり始める。

 このまなざしで繋がる事が、愛なんだろう。

 まなざしには愛と一緒に、性欲や偏見もついて廻るけれど、それをすらも超える事が出来るポテンシャルを持ってるんじゃないだろうか。

 オーガニズムを感じたことがない! と悩むソフィアは、多分もうそれはどうしようもない、セックスについてまわる苦しみで、逆をいえば、オーガニズムに達してたってゲイだってレズだってストレートだって絶倫だって淡白だって、ある意味では同じように飢えている。そこから愛に至るかどうかは、またよくわからないけれど、セックスの繋がりも(個人的な経験でいえば)やっぱり愛の一つの側面だと思うしねえ。
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by bogdog | 2008-02-07 00:50 | 映画

白い馬の季節

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 連休の最終日、岩波ホールで白い馬の季節をNくんと鑑賞。

 干ばつが続き、砂漠化した内モンゴルの草原で生きる遊牧民の家族。
 子供の学費さえ払うことができない状況で、妻は現実的に対処していこうとするが、夫は遊牧民としての誇りを失わない。

 「もう売るものは馬しかないわ」
 
 「馬を売るくらいなら死んだ方がましだ」


 サラールと名前が付いた従順な白い馬は、馬の上で生き、馬の上で死ぬと言われた、遊牧民の誇りそのものなのだ。

 しかし、羊は次々と死に、夫も馬を売って街で暮らすことを決意する。

 馬は何も語らない。ただじっと優しい目を向けるだけだ。それを見る夫や子どもの慈しむような目。ぞくぞくするくらい優しかった。
 
 個人的に、すごくいいなと思ったのは、村を捨ててチンギスハーンの子孫の名をかたって都会で成功した画家の存在。始めは、夫を邪見に扱うのだが、その画家が、一度売られた馬を買い戻し、夫に返してやる。そして、夫に鎧を着せて馬にのせ、チンギスハーンのような鎧を着せて絵を描く。その絵の中では、乾いた草原はうつくしい緑で、灰色の空は澄んだ青をしている。オマエには感謝してもしきれない、という夫に、礼をいうのはオレのほうだ、オマエもいまにわかる。と言う画家。

 白いキャンパスに書かれたのは、まさしく理想そのもの。白い馬に乗って、草原を駆けるモンゴルの遊牧民の理想だった。もうあの時には戻れないものならば、その姿をせめて絵なりとも残しておかねば、何をよりどころに生きて行けるというのだろう?

 ……僕が産まれた阿蘇の風景は、春にはあんなきれいな草原だったな。
 その記憶で僕は生かされてて、緑色の阿蘇山のふもとには、僕の家族が、いるはずで、そのおかげで僕は生きて行けるような気がするのだ。誇りとかアイデンティティとか、そういうもの。そんな言葉だけじゃなくて、あの景色そのものが僕自身だとずっと思っていることに気がついた。

 映画に戻る。
 夫は、叔父の説得により馬を野に放ち、街に出ることを選ぶ。
 振り返る草原には、さっきまでかまどがあった場所に煙が登っている。
 トラックが走る道路を荷台をひいて歩くシーンに、自由になった馬が道路を歩くシーンが重なる。

 見終わってから、「何のために」や「どこがよかった」と二人していいあうこともなく、静かに胸が静まるのを待っているしか無かった。



 ……すいません、本当は俳優がかわいかったとか言いました。


 あらためて、公式サイトを見ると、インタビューも作品解説もとてもよかった。



 まだまだ僕も頑張らないと。売れる企画とか、お金になるならないとかばっかり考えているんじゃなくて、
 何を伝えたいのかってこと芯を通しておかないと。

● 中国の少数民族の映画
 毎年、中国は200本以上の劇映画を製作していますが、ごくわずかの作品しか利益を上げていません。こうした状況のもとで、少数民族の映画が成功することは極めて難しいことです。というのは、少数民族地域での映画製作は、投資額においても漢民族の作品と競争することはできないのです。
 こうした背景に立ち向かい、すさまじい市場競争の中で一つの場所を得るために我々は少数民族の映画の方向について改めて考え直すべきです。内モンゴル映画は、少数民族のテーマを取り上げるべきです。これが他の作品と競争する際に有利な点です。我々が、自らの文化に深く根ざして、作品の質を高めることを最優先すれば、内モンゴル映画が世界中で評価されるだろうと、私は前向きに考えてます。少数民族をテーマにした作品は、人間として傑出した要素、民族の人文科学的な魂を持たねばならないと思っています。

(ハワイ国際映画祭(2005年10月)パンフより訳出)


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by bogdog | 2007-11-26 23:38 | 映画

いのちの食べかた

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「いのちの食べかた」を観た。

食物がつくられるまでのドキュメンタリー。私たちが日頃食べている、肉、魚、野菜は、
いかにして生産されているのか? 「料理のレシピ」ではなく、「食材のレシピ」

始まっていきなり、ヒヨコがベルトコンベアーを流れて行く。
スクリーン一面の黄色いふわふわ。かわいいなあ…

で、そのヒヨコをわしずかみにして選り分けて行くおばちゃん。
ヒヨコを選別中、うっかり落としちゃって、「ウップス!」というようなジェスチャーをする。
まるで、ヒヨコではなく、「あら、小銭落としちゃったわ」というような何気なく、ユーモラスな動作。

牛の帝王切開シーンや、豚を解体して行くシーンは、まるで生き物のように自在動く機械が、生物を次々と加工していく。ここでは、生き物よりも、機械のほうが生物以上に動く。ベルトコンベアーを流れて行く、未来のスーパーで並ぶものたち。ここでは、生物と機械がまるで逆転しているように見えて、不思議な倒錯な感じとエロティズムを感じた。

そのように、食物を機械的に扱うシーンの後にはかならずその作業員が食事をするシーンが挿入されていた。

生肉や生野菜ではなく、ペットボトルのコーラやコーヒー、安くてまずそうなパンを、もさもさと食べる。そのシャツには、さっき加工した牛の血のシミが付いている。血の匂い、農薬の匂い、機械油の匂いが、体中に染み付いていそうだ。その中で、労働の合間のカロリーを摂取すべく、もくもくとまずそうに食う。

まるでエサみたいだな、と思った。
食べるということの業。機械を使って、大量に加工しなければ、私たち人間を養えないという文明の側面。料理は愛情です。食べ物に感謝しましょう……といいながら、どれだけの人が、いまこの瞬間食べるコンビニ弁当が、どうやって産まれ、育ち、加工されているのか知っているのか。豚を食べるというのはどういうことなのか……おぞましいとかきれいごとを言っても、肉は食いたい。

この映画を見ながら、さっき食べたサブウェイのサンドイッチが、体の中で消化されていくのを想像した。パン、小麦。アボカド、タマネギ、トマト、オリーブ……「アボカドベジー」を構成する食物たちは、どこから来たんだろう?

少なくとも、僕は「いのち」を食べているのだ、ということだけは、その業だけは、ずっと忘れないでいよう。
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by bogdog | 2007-11-17 00:04 | 映画

「ヘアスプレー」試写会

 「ヘアスプレー」のゲイオンリーの試写会に行って来ました。

 自分、本当に映画ってよく見てないんで、俳優とか全然わかんないですよ。一部を除いて。

 「ジョントラボルタって何に出てたっけ?」
 「ソードフィッシュと、あとパルプフィクション。全然ホラー映画じゃないのに、ホラーの棚に置いてあるキャリーとか有名じゃない?」

 やばい、おれ全然知らない。古畑任三郎で、「ジョントラボルタに似てますよね。ほら、アゴの辺りが。」というネタがあったなあ……あのときの俳優さんどんなアゴだったっけ? とふと思い出し、実際にスクリーンを見て本場ものの「トラボルタあご」を確認しようとしたんだけど、ジョントラボルタは肉襦袢+特殊メイクで超巨漢の女装をしてるので、これが素のアゴか判定が難しくなってました。(でも、映画終わってからあちこちで「顔の大きさは素だよね」という声が……)

 実際に確認してみました。

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 ほーんーとーだー。

 ジョントラボルタのアゴの話はいいとして、この映画、かなり面白かったです。
 試写会で見たけど、また劇場に行って見よう! って素直に思えました。

 映画全体から、「人と違うことがいい! 」というメッセージが伝わってきました。なによりダンスも音楽もうまい! 60年代風ファッションと音楽、それとそれほどアクも強すぎない(安心して笑える程度の柔らかめの)ジョークで包み込まれて、上映時間116分中、中だるみもせず、緩急あるストーリー展開でたっぷり楽しめます。

 「明るく踊るデブはかわいい」と意外とブログも面白い柳原可奈子たんや森三中たんも、実はちょっと好きかも。そういえば、太めリーマンゲイAVとか、実際見てみたら割とよかったし。そんな新しい扉を開くかもしれない「ヘアスプレー」ぜひご覧あれ♪
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by bogdog | 2007-10-04 11:49 | 映画

映画デー

映画の日だったんで、N君とせっかくだから映画を見ようということになり、
キモノが辻でエントリーされてた『プラネット・テラーinグラインドハウス』がみたいわん。女の子の足が銃で、ゾンビと戦うんだよ! と力説したところ、却下されました。あはん。まあ、上映時間も合わなかったししょうがねえ……

なので、ツタヤで「ダウン・バイ・ロー」と「ムーミン絵本 それからどうなるの?」を借りて見ました。

「ダウン・バイ・ロー」まったりしたロードムービって感じでした。

「ムーミン絵本 それからどうなるの?」はかなり面白かった。映像、ちょうおしゃれ。原作ファン、というかトーベ・ヤンソンファンとしては、かなり満足できるものでした。あと、岸田今日子の朗読は予想以上に素晴らしかったです。

そのあとに、エヴァ(TV版)の6話「決戦! 第三新東京都市」を見たんだけど、思ったより絵が稚拙でびっくりした。ラミエルもただの箱じゃん。思い出ってどんどん美化されていくのね……こないだ劇場版見たばかりだからそう思うのかも。

ていうか、せっかく映画デーだったのに映画館じゃないじゃん。

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by bogdog | 2007-10-02 23:57 | 映画