ライター・藤丸心太(ふじまるじんた)のブログ。本の感想とかゲイネタとか創作系など。お仕事依頼などはメールで。リンク・TB自由。コメントは承認制。fujimarujintaあっとgmail.com (あっとを@に変更)


by bogdog

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昨日何食べた?

 水餃子をおもうさま食べる会(MOTK)を行いました。

 途中、近所の人から通報があったそうで、警察から指導が入るというハプニングはあったものの、おおむね当初の予定どおり、好きなもんを好きな友人たちとこころゆくまで楽しめてよかったっす。腹一杯飲み食いして一人当たり1,000円という低予算、そして眠くなったから寝る、という好き勝手できるのも宅飲みの魅力。

そうそう、栗も買って来てたんで、小田急線のリアルいちこ(「リトルフォレスト」)としては、栗の渋皮煮でも作ってみたいにゃーと思ったんだけど、皮を剥いた時点で予想以上に時間がかかってしまったために断念。そういえば、モーニングの「きのう何食べた?」でも栗ごはん作ってたじゃん。そういやあれホモ漫画だし。つーわけで、栗ごはんに変更。予想以上にみんなうまいうまい言って食べてくれたんでかなり嬉しゅうございました。

 餃子は、土鍋に湯を沸かして、餃子をぶちこんでゆでるだけ、という水餃子。ニンニクは入ってないので、好みでニンニクをかじりながら食う感じで。運良く生ハバネロがあったので、それも当たりとしていれてみたんだけど……そんな軽い気持ちでやるもんじゃないっす。ハバネロはさすが暴君だわ。餃子の皮ってゆでると透明になるから、ハバネロ入れたってモロバレで。「あきらかに赤いよ!やべーだろコレ!」っていってみんな避けるから、結局自分で食うんだけど、ハバネロ除けても辛み成分が餃子にバッチリしみ込んでいて、辛さでショックしそうでした。

 警察の指導が入ってからおとなしくしてたんで、それから苦情もなかったんだけど、警察の指導のときいろいろ聞かれた。

 「 学生ですか?」
 「社会人です! 自営業です。つーかライターです。」
 「どんな集まりなんですか?」
 「友達です」
 「学生のころの友達とかですか?」
 「いえ、違います! 友達……というだけじゃ満足できませんか? 」

 などというやりとりがありましたよ。よっぽど全員ゲイです! と言おうと思ったんだけど、別にゲイだから集まってる訳じゃないしな……と内部でやや葛藤があったんすよ。たしかにゲイだから知り合えた友達ばかりだけど、でもたまたまここに集まれただけで。ゲイとか関係ないじゃん! 友達っす! 餃子食って浮かれてるだけの人たちです!

 居間に戻って、「警察に指導受けちゃった〜てへっ」とみんなに報告したところ、

 「ちょっと! 一緒に餃子食いませんか? とか言えば良かったのに」
 「やっぱり制服って萌えるよね」
 「股間のピストルで撃ってもらいたいよね」
 「えー。でも、顔がいまいちじゃなかった?」

 と好き勝手言う人々、警察の指導とかいうわりとしんどい出来事も、エロで生ぬるくうけとめるこの抱擁力。やっぱりゲイでよかったかも、と思う瞬間でした。 
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by bogdog | 2007-09-30 00:00 | 日々のことば

小池田マヤ「CHG!」

 小池田マヤ「CGH!」(1)〜(3)と「ひのたまLOVE!」読了。

 小池田マヤ、面白いなあ。
 始めに「星☆高校生」を読んで、エロやSMでやたら講釈たれるのがマニアックでリアルで慣れないな、苦手かも……と思ってたんだけど、だんだんはまってきた。この人の漫画って、登場人物の生活そのもの、仕事や趣味、性癖といったものがしっかりと描かれているのが凄い。

 「CGH!」では、サボテンといった多肉植物を扱う会社で、そこの副社長がサボテンマニアという設定。ほんと、聞いたこともないようなサボテンの種類、育て方、サボテンマニアの夢、といったものがすらすらと出てくる。

 なんつーか、好きになった人がいて、その人と一緒にいて、自分の全然知らない仕事と趣味を持ってることを垣間みて、なんかよくわかんないけど、この人すごい! って感じ。小池田マヤの漫画を読んだら、すごく沢山の友達ができたような気になります。

 また、性癖も、ゲイからレズからバイから(特にバイはお気に入りらしい)SMから皮フェチまで様々。この人の漫画を読むと、「ふつう」の人が、本当は「ふつう」なんかじゃなくて、それぞれが自分の人生を生きててドラマがあるんだな、って思えるから楽しい。

 「誰寝」もそうだけど、こういう楽しそうな会社に勤められるっていいなあ。CGH! ウラヤマシス。

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by bogdog | 2007-09-29 00:00 | この漫画がスゴい!
中秋の名月でしたね。

「なあ、なんで『メガ月見マック』はねーのかな?」

「N君、残念なお知らせだけれども、お月様は一つだけニャスよ。」

 と、その時は答えたけれども、今こそ言いたい。火星ならありかもしれない、と。フォボスとディモス。


 人生で嫌いなことの一つに、”他人になにか忠告をする”というのがあって、できるだけそれをなあなあで避けて来ていました。

 というのも、一度言葉として言ってしまうと、それだけで関係ができてしまって、そこから二度と関係が戻らないのね。たとえば、「ジン太ってすげーヤリマンだよ」って、だれかから聞いちゃったら、それ信じるにしろ信じないにしろ、少なくとも「ヤリマンって言われてたジン太」っていう事実、それを聞いてしまったことで変わってしまったものがあるわけで、できるだけ自分が何か他人に対してクリティカルな事を言って、自らその責任を負いたくない、言葉のSMに自縛したくない、思っていた、けれども。

  結局は「言わないこと」も感情としてはココロに残るわけで、その人が自分にとって大事な人であればあるほど、言わなければ、その人との関係が、いつかはめんどくさくなって自ら「この人は違う」と言って傲慢にも見捨ててしまう結論しか用意されていない。本当にいい関係を築こうと思うのなら、他人に対しても、自分に対しても、変わることの責任も、また自らが他人をそれこそ『傲慢にも』変えることの責任も負わなくてはいけない。

 だからこそ、「他の人は…」っていう一般化は卑怯だと思うので、「オレは好きじゃない」と言うことはできたけれど、言われた相手のことを思いやることは、まだまだできないままでした。振り上げた拳。それをどうするにしろ、そこにあると気がついた時点で、選ばなくちゃいけないのね。

 それを振り下ろすことはできたかもしれないけれど、でももうちょっと、大人なココロで違う考えや人生を受け入れたり、相手のことも思いやれるようになりたいなあ。そうじゃないと、フェアじゃないしね。自分も殴られないと。
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by bogdog | 2007-09-28 02:54 | 日々のことば
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 友人に試写会に誘われて、「キングダム 見えざる敵」を見て来たですよ。

 実際にあった自爆テロを題材にしている映画、とこのと。あらやだ、アメリカご都合主義のプロバカンダ映画かしらん……と、見る前からややテンション下がり気味。まあ、それ以上でもない映画だったけれど、カーチェイスだの、銃撃戦でも主人公たちはなかなか死なない(ダイ・ハード)など、そこらへんは結構盛り上がりで楽しめました。

 に、しても、主人公以外ってみんなボロボロ死んじゃうのね。久々にこういうアクション映画見たから、こんな「火薬の量×弾丸の量=制作費=死人」のような映画ってなんか新鮮。でも、やっぱ痛いわ。漫画「ぼくらの」で、キリエがつぶやいた、”映画で主人公以外の登場人物の死に対してみんな鈍感になっていることがぼくには耐えられない”というような感性、すごくわかる気がする。全ての人に対して平等に訪れる死に対して”平等でない”扱いをされるという違和感、それと、死に対して”そこにある人生を想像できない”というのはやっぱりよくない気がする。

 「ぼくらの」のキリエは、”自分の生が他人の死の上に成り立っている”という田中さんの論を受け入れることができなかったけれど、敵パイロットの手首の傷を見たことで、自分と同じような苦しみは相手も抱えている、こと、そしてそれに責任を持つことという意味を悟って、自らが殺す立場に廻ることを受け入れた…… でも、この映画はどうだろう? 見る人は、[アメリカの正義vs悪のテロリスト]という図式ではなく、どちらも、同じ人間としての「殺す人と殺される人」そして、そこにある二つの正義と、そこに影のようにつきまとう悪ということを、想像できただろうか?

 ……と、終始悶々としてしまい、途中寝ちゃったんだけど(汗)  
 ラストがよかった。最後の台詞が、「憎しみの連鎖」という題目に深く切り込むものでした。
でも、こういう「憎しみの連鎖」という問題をどうにかしようと思ったら、そもそもその問題そのものよりも、その問題を引き起こすものに焦点をあわせたほうがいいと思うんだけど(「ナイロビの蜂」みたいに)それなりに商業的に成功したいというなら、これが臨界点なのかもしれないっすね。
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by bogdog | 2007-09-28 00:00 | 映画

IKKI11月号

IKKIは面白いなあ。

今回の「海獣の子供」に出てくる、『海にまつわる第四の証言』の女の子(「ニフ・フニフ・サチコ」の若い頃)が、自分的にはベストオブ五十嵐大介美女です。千足(うたぬすびと)を超えたね。前から五十嵐先生の描く女の子はかわいかったけど、さらに色気が増した気がします。

 「ぼくらの」も相変わらず熱い展開っすね。「LITTLE BIRD」を絡めてくるあたりとか。納得のいかないアニメ版よりも、よっぽどうまいこと使ってました。それにつけてもアニメ版の最終回……原作が好きなので、アニメのほうは見てなかったから最終回だけ見たんだけど、やっぱり無理だわ。アニメ版。

12月号から、「サルまん」と、細野不二彦の「ワイヤードマンション」が始まるそうですよ。「ワイヤードマンション」、超楽しみ。

 
 ”普通”の生活を営む”普通の人々”の人生は、
 一人ひとりにとって、決して”普通”ではない。
 一つのマンションに流れる”普通”の時間と
 ほんの少しのファンタジー
 マンション綺譚、開幕!!


なんだか少年が、ミルククローゼットの宇宙ジャンプみたいなことになってる!!
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by bogdog | 2007-09-26 00:00 | この漫画がスゴい!

最後の物たちの国で

 社会システムが崩壊した国、あらゆる物が失われ、略奪や殺人すらも犯罪ではなくなった国。死はあたりまえの出来事であり、子供はもう生まれない。そこでは言葉も、感情も、記憶も存在までも失われていく。

 その国に兄を捜しにきた主人公のアンナの、故郷の自分をよく知る大切な人に向けてあてた手記というスタイルで、この物語は語られる。

 主人公は、兄を探すという望みを捨て、感情を捨て、生き残るために希望を捨てる。しかし、人との出会いを通して、希望を語り生きていくことを見つける。

 作者は、この話を「どこかの国の話」だという。訳者は「現代の寓話」だと評する。けれどもとても寓話に思えない。ひょっとしたら隣の国、それとも自分の国の近い未来かもしれない。

 全編をとおして、救いようがないくらい暗いのだが、不思議と希望を感じる。

 希望を語ることを「幽霊の言語」だとし拒絶していたアンナが、死にゆく友が書き記した単語を見て失ったものの大きさに気付き、語ろうとするくだりが本当に好きだ。静かな余韻を残すラストもすごくいい。物語の力を感じる。

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1999
白水社
著 ポール・オースター,
訳 柴田 元幸
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by bogdog | 2007-09-25 00:00 | 本の感想
 ”うたばん”で、山内アナがsmapの回文を作るというやつ、

草薙君のが、

 まいばん つよし よつんばい ま!

 でした。素晴らしすぎる! ゴールデンで、しかもホモネタなんて、なかなか際どいところをついていらっしゃる。いいのかジャニー。それよりも、この場にkinkikidsがいなくて本当によかった。

 この最後の「ま」は、デスノートでLがデスノートで殺されたときに、キラの顔を見ながら思った最後の一言の「ま」と同じだと思う。間違いない。
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by bogdog | 2007-09-24 00:00 | 日々のことば
 「ねえ、『ギザセチガラス』って言う? 」
 「そもそも『世知辛い』なんて言葉、最近の若者はあんまり使わないよ、ジンタ。」

 やーん。ギザセチガラス。

 さて、スポーツの秋、読書の秋、アンジェラアキの秋(j-waveはいつもこの季節になるとこのネタを使う)というわけで、光文社古典新訳文庫を買いました。まあ本はいつも買ってるんだけど、たまには古典も、と思って。
 
「地下室の手記」ドフトエスキー
「神を見た犬」ブッツアーティー
「変身/掟の前で」カフカ

の3冊。

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「神を見た犬」はamazonでオススメされてたんすよ。
幻想的な文学、かといってガッツリSFというわけではなく、現実と幻想が入り交じった感じが好きという自分の好みをピンポイントにせめて来るamazonのオススメ。良い仕事してるよね。

実際、すごく面白かった。ガルシア・マルケスの「エレンディラ」が好きなら、この感じははまるかも。

表題の「神を見た犬」もよかったけど、「七階」が特に良かった。
病院の入院病棟が7階で、下の階にさがるほど病気が回復する望みが薄くなる……なぜか、主人公はあらがえない理由で、どんどん下の階に下がって行くというお話。じわじわと怖いお話でした。

新訳っちゅうことで、読みやすい文書で書いてるのもいい。
「カラマーゾフの兄弟」とか、学生時代に読んだんだけど、全然理解できなかったんすよ。恥ずかしい話。この際、ちゃんと読んでみよう。
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by bogdog | 2007-09-21 00:00 | 本の感想

ダンボールハウス

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 ダンボールハウスという居住空間を、建築学科の著者が実際に住居人と交渉し、中に入れてもらい、つぶさに観察しレポートした秀作。間取りや、工夫点、問題点、作成費用(ちゃんとしたのを作ろうと思うと、けっこうお金がかかる)作成日数なども記してあり、建築雑誌顔負けのレポートっぷりだ。

 ホームレスの体験レポというと、上から目線が鼻につくものも多々あるが、この著者はまず会釈から初め、それから顔なじみになり、数ヶ月後に初めて中に入れてもらう、というプロセスを取り、そこに人の家を訪ねるという敬意を持っている。

 あとがきの一文が、この本のすばらしさを表現している。

 『3年も取材していれば、そのあいだにはいろいろなことが起こる。なかでも、彼女を取材対象者、つまりホームレスのおじさんに奪われた事件(ようするに失恋だ)は、けっこうキツかった。近しい人にその話をしたら、皆一様に「ホームレスに?」と驚いた。その周囲の反応からも、考えさせられることが多かった。なぜなら、ぼくがやられたのは確かに「ホームレス」のおじさんだが、そのぼくの話に耳を貸し、むちゃくちゃな仮説でなぐさめ、再起動させてくれたのも、やはり彼ら「ホームレス」だったからだ。すべてをひとつの言葉でまとめられてしまうと、本当の姿を見失ってしまう。』


 ダンボールハウス あとがき「彼らへ」より抜粋
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by bogdog | 2007-09-06 22:27 | 本の感想
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柴田元幸が翻訳し、編纂したアメリカ幻想小説アンソロジー。レベッカ・ブラウンの短編「魔法」が収録されている。
 
 翻訳のクセというものは、どうしてもこういう翻訳小説にはあるが、こうして別々の作家のアンソロジーでまとめて読むと、あらためて「柴田元幸の訳」というものがわかる気がして不思議。ニコルソン・ベイカーの短編も収録されてるんだけど、いつもの翻訳(岸本佐知子)とは違うせいか、あまりなじみのないホラーのせいか、別の作家かと思った。

 レベッカ・ブラウンの「魔法」が とてもよかった。
 女王様の”彼女”と、”私”の話。(この人はレズピアンを公言している作家であり、作中のカップルはほとんど女性同士)”彼女”はいつも完璧な正装、鎧を纏っており、その素顔を見ることはできない。”彼女”は”私”を”彼女”の城につれて帰り、”私”と”彼女”を愛しあう。”私”は”彼女”の素顔を見ようとするが、彼女の鎧の中をみることはできず、あるとき”彼女”は”私”に暴力をふるい始めるが、”私”はそれを受け入れるままにしていた… という話。これって、DVの話そのままじゃないの。

 結局、”私”は逃げ出し、そして自分の力を見出して、”彼女”と会う前のように生きることもできようになり、同じように「損なわれた人」を癒すこともできるようになる。訳者のあとがきの言葉を借りるなら、「レベッカ・ブラウンは愛(と、背中合わせについてくる権力)」を描く作家なのだ。

 「魔法」とはなんだろうか? と、考えてしまう。
 ”私”が”彼女”に迷わずついていったこと? "彼女"を崇拝し、自分はなさけない人間だと思い込み、”彼女”に暴力を受けてもそれに甘んじていたこと? 奇跡的に逃げ出し、仲間に出会い癒されたこと? 逃げ出してもなお、"彼女”の思い出が”私”を苦しめたこと?

 すべては、"私"の思い、本当にあったにしろ、存在しなかったにしろ、”私”がそうだと思った、まったき『幻視』。存在しなくても、それが『ある』と思えば、人は捕らわれてしまうのだ。これが「魔法」なんだろうか。

  他の短編でとくに心に残ったのは、ケリー・リンクの「ザ・ホルトラク」カナダの国境近くのコンビニで働く主人公。店に表れるゾンビ(とくになにもしない) 主人公が想いを寄せる、犬のシェルターで働いていて、犬を処分する前にその犬と一緒にドライブに行く女。いつも変なパジャマを着ていて、女にトルコ語を教える同僚… 幽霊とかゾンビとか、出て来てもとくになにもしないところとかよかった。
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by bogdog | 2007-09-06 22:24 | 本の感想